2009 年 4 月 のアーカイブ

1週間が早い!

2009 年 4 月 26 日 日曜日

 あっという間にまた日曜日です。世間ではゴールデンウィークと言っていますが、実感がありません。毎日忙しい!

 また、メキシコ、アメリカでの豚インフルエンザが広がっているとの報道には不安になります。どんな風に予防すればよいのかについて、改めて考える機会だと思います。私のところでは、とりあえずマスクを100枚くらい用意しているだけです・・・食材の備蓄も災害用はありますが、せいぜい3日分くらい。もっと真剣に考えなければなりません。

 最近、家で食事をする人が多く、それも普通の時間なので、ご飯作りも結構大変です。以前だったら、大学院が終わってからちょっと飲んで10時半ごろに家に帰っても誰もいない状況だったのに、今では7時ごろにはおなかをすかせた雛(嘘)が待っているのですから、プレッシャーがかかります。それでも食事が期待されていることは嬉しいことなんですけどね。

 そうそう、木曜日には胃カメラ検査をしたのでした。特に変わりはなく、また1年後、と言われました。ここの胃腸科ドクターは本当に素晴らしくて、胃カメラが全く苦しくもなんともないんです。一緒に検査を受けている母などは、「喉も痛くないし、胃にも違和感はないし、写真もくれないし、何にもしないのにお金だけ払わされているんじゃないかしら」などと言うほどなのですから、驚きます。以前、大腸内視鏡をしたときに、私が「準備(強烈な下剤)が苦しい」と先生に泣き言を言ったら、「何言ってるんですか。普通のところだったら、検査をしているときにも痛かったりして大変なんですよ、ここではなんともないでしょう?」と諭されて?しまいました。確かにその通りでした。

 「大人として恥ずかしい」「お酒を飲んでわからなくなってしまいました」とは、異常なほどに話題になった芸能人の話ではなく、うちの次男の話!裸にはなりませんでしたし、逮捕されたわけではありませんが、同じような事態に・・・しかし、すでに成人なわけで、親としてはなんとも情けないばかりです。時々、芸能人が30歳も過ぎているような子どもたちの問題に対しての謝罪会見をしているのを見ると、いったい子どもがいくつになるまで心配しなくてはいけないのだろうか、と思いますが、まさに他人事ではないわけです。本当に責任ある行動をして欲しいものです。

 

高校の同級生と会う

2009 年 4 月 19 日 日曜日

dsc09334  不思議なことに、とっても懐かしい人と会う機会が続く週末でした。

 昨日は親戚でしたが、今日は高校の同級生。ご存知の方もいらっしゃるでしょうか。作曲家の宮川彬良くん。「宇宙戦艦ヤマト」や数々のヒットソング(死語)を作曲した宮川泰(ひろし)さんの長男で、ちょっと古いけれど「マツケンサンバⅡ」でそれなりに名を知られてきました。彼は、私と高校で3年間同級生でした。(もちろんブログに載せる許可ももらいました)

 随分以前にも書きましたが、彼とはずいぶん仲が良くて、当時エレクトーンでコンクールに出ることになった私に曲をアレンジしてくれたこともありました。何と言っても、文化祭が楽しかった。3年間人形劇を上演したのですが、2年生のときは宮沢賢治の「よたかの星」。彼が作詞作曲した歌を私が歌ったのでした。今日もまたその話になりました。(会うたびにその話が必ず出る)今日は私が「宮ちゃんの家に行って録音したよね」と言うと、彼曰く、「あの頃とおんなじことやってんだよ。曲作って、録音して」。昔からやりたかったことをずっと続けてきて、夢を実現できる幸せを他人事ながらとても嬉しく思いました。

 今日のコンサートは、お父さんの泰さんが亡くなって3年ということもあり「宇宙戦艦ヤマト」劇版のレコードA面の復活プロジェクトということで、ボーカルのささきいさおさんがディナーショーのような衣装で登場、昔その佐々木さん(当時は漢字)のバックコーラスをしていたという錦織健さんがスターシャ役(裏声)で歌うという、おそらく他では見ること(聴くこと)ができない異色な二重奏でした。

 作者の松本零士さんも客席から登場して当時のお話をされるなど、面白い企画でした。正直言って、私はテレビドラマ放映当時、宇宙戦艦ヤマトは全く見ていませんでした。視聴率が取れずに当初51回の予定(今日松本零士さんがそう言っていました)が半分の26回で打ち切りになったそうです。松本零士さんが最初宮川泰さんに音楽を頼みに行ったときに、「テーマ曲はベートーベンの交響曲第3番の2楽章みたいに」と注文をつけたそうです。「よっしゃ、わかった」と泰先生おっしゃたそうです。今日、彬良が実感をこめて言っていたのは、「劇版音楽は大変なんですよ。”楽しい曲6曲、悲しい曲3曲、戦闘シーン3曲お願いします”とか言って、作曲家をなんだと思っているんだ!?」と言いつつ、松本零士さんに「家に来られたんですか。(リクエストを)言ってみて良かったですね」ですって。

 昔話もしつつまた近いうちの再会を約束して帰ってきました。

2枚目の写真は、今日の午前中に出席したガールスカウトの入団式&表彰式のあと団旗とともに写してもらいました。ガールスカウトも豊島で活動を始めてちょうど1年。人数(スカウトもリーダーも)が増えていることは本当に嬉しいです。(去年、全く5センチくらい届かなかったスカートがはけたことは嬉しかったです)

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伝統美術に触れてみる

2009 年 4 月 18 日 土曜日

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 母方の親戚が蒔絵師です。

 今日は築地の老舗の料亭で個展が開かれるというので、母と叔母と見に行きました。個展を開いたのは蒔絵師の2代目で定年までは会社勤めをしていました。その父親である先代(私の祖父の弟)は少なくとも私がものごごろついたときには専業でしたが、それはそれは大酒飲み!で、一つ作ってはそれを売ったお金で飲みに行ったきり家に戻ってこないというような放蕩な生活を送っていました。今回の個展では、残り少なくなってしまった先代の作品も出してありました。

 ここの親戚とは随分親しくしていて、私が結婚するまでは年に一度は遊びに行っていました。

それからも個展のたびに行ってはいたものの、15年ぶりくらいでしょうか。本当に久しぶりに懐かしい人たちの顔を見て、「法事じゃなくてこういう風に顔を合わせられるのは本当に嬉しい」と喜びあいました。私など「泉ちゃん、大きくなって」などと言われたのでした・・・

 今回は、作品が千葉市の美術館に所蔵された(日本橋から千葉に移って40年以上とのこと)ことを記念しての個展だったようですが、これからも元気(今は80歳過ぎたくらい)で門下生なども増やしつつ伝統美術を後世に残して欲しい、と身内ながら思ったのでした。

 日本橋の高島屋が百貨店としてはじめての重要文化財に指定されました。ここの店も私には昔からとてもなじみのあるところなので、何だか嬉しい思いをしています。

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つつじの中で

2009 年 4 月 17 日 金曜日

dsc09316dsc09311dsc09306 今日は異常に寒くてびっくりでした。

革のコートを着ても寒くて、手袋までしたくらいでした。ダウンジャケットを着ている人もいたくらいでした。

 写真は、練馬駅のすぐそばにある練馬区立平成つつじ公園です。息子たちがブラスバンドのコンクールで、しょっちゅう使っていた練馬文化センターの隣でした。コンクールの時期は夏なので、その隣につつじの公園があるなんて全く知りませんでした・・

 とってもたくさんの種類のつつじが咲いていて、なかなか見事でした。雨の中で色がいっそう映えていたようにみえました。

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写真撮影が趣味の母が”行ってみたい”、と言いだしたので、ちょっと足を伸ばしてみました。

それにしても寒い日でした。雨も降っていたし。

しつこくお弁当

2009 年 4 月 17 日 金曜日

dsc093011 結局お弁当を作っています。

今月いっぱいは次男がお弁当を持っていかれるようです。

とにかく野菜をたっぷりということを心がけています。

しっかりお弁当を作っても自分は外で食べることも多いのですが、外のものは味つけが濃いことに驚きます。薄味で素材の味を生かすような(ただ茹でたり蒸したり?)料理が好きです。

 息子たちがお弁当が要らなくなっても、結婚以来25年以上、配偶者は出勤するときにはお弁当を持っていきます。