‘日記’ カテゴリーのアーカイブ

水痘ワクチン

2010 年 8 月 28 日 土曜日

 「水谷泉の活動報告」でも報告しましたが、今日は豊島区医師会との合同常会に出席しました。

その中の報告を聞きながら、いろいろ思い出したことがありました。私は自分が水痘(水疱瘡)になった覚えがありませんでした。長男を出産した直後、医師の勧めで、水痘ワクチンの抗体検査をしたところ”マイナス”。すぐに受けた方がよい、とそこの病院で接種しました。すると、よっぽど耐性がなかったのかワクチンが強かったのか、なんと水疱瘡になってしまったんです。顔が赤いぶつぶつで辛い辛い。再度、病院を受診すると、”水疱瘡は小児科へ”って、まだ出産後のおなかも戻りきらない前、私が小児科へ???小児科の先生には、「珍しいこともあるんですねぇ」って、別に薬があるわけでもないし・・・

 自分自身はそんな思いをしました。息子たちの水疱瘡も大変でした。長男は、私がフリーで仕事をしていたときに罹ったのですが、あまりにも忙しくて気が付かなかったのです。週末に徹夜して、日曜日の朝、戻ってきたときに父親が「なんかおかしいんだよ」と。久しぶりに明るいところで彼の顔を見たら、「これは幼稚園で流行っていた水疱瘡だ!」とあわてて休日診療に駆けつけたら、「お母さん、これはもう治りかけです」これには心底反省して、これがもとで仕事をやめよう、と思ったのです。(今だから言う)そして、きっと次男にも移っているに違いない、と毎日夜帰ってから、寝ている彼の背中を確認しました。2週間近く(潜伏期間は約2週間)経って、背中の真ん中に一粒の発疹が出て、「出た!」とばかり医者に連れて行ったら、「まだわかりません」といわれたのですが、まぁ水疱瘡でした。次男はその後、3回くらいストレスがたまると帯状疱疹に悩まされましたが、このところ7年ほどは出ていません。

 子どもはいくつになっても心配ですし、親のことも心配です。自分の健康はできる限り自分で守るべきですが、自治体としても手助けできることがあると思います。ただ、できるだけ税金を使わずに実現できることがあるはずですから、多方面と連携協力をしながら、健康寿命を延ばせるまちをめざしたい、と強く思います。

ご冥福を祈ります

2010 年 8 月 24 日 火曜日

 息子たちが目白平和幼稚園時代から、目白教会で大変お世話になった西川百合子元園長先生が逝去され、今日は告別式に参列しました。

 思えば、ドイツから日本に戻ってきたばかりの頃、”幼稚園の入園申し込みは今すぐでなくては”と知り合いに言われて、”この辺で一番園庭が広い”と言われて見に行ったものの、”これで一番?!”と驚きながら、それでもここに行かせよう、と思ったのでした。そして、長男の入園試験のときに、「ドイツから戻ってきたばかりで日本には友だちが一人もいません。弟と一緒でなくては幼稚園に行かないと言っています」と園長先生に訴えて、まだ2歳だった次男とともに入園を許可されたのでした。次男はまだ2歳でしたが、一人でトイレにも行かれましたし、自分のことは全部自分でできるような子でした。

 次男は例外的に4年間も幼稚園に通い皆勤賞。長男は卒園してからもずっとずっと日曜学校へ通って、とうとう高校2年生のときに受洗して、今にいたるわけです。彼から”受洗しても良いかな?”と相談を受けたとき、この子は自分の人生を自分できっちりと考えている、と嬉しかったことを思い出します。もっとも、彼が受洗の決意をしたとき、私も一緒に礼拝に行っていて、”あれっ?これって絶対に彼に神が降りて来たな・・・”と思ったのでしたが。それから8ヶ月くらい勉強をして、クリスマスに洗礼を受けたのでした。次男は、高校時代にパイプオルガンも弾けたので受洗はしていないものの、奏楽奉仕をしたこともありました。

 長男は日曜学校で奉仕を続けて、今は勤務の関係で日曜日の礼拝には行かれないものの、毎日のお祈りは欠かさないそうです。

 そんな彼の人生の恩師ともいうべき先生の逝去には本当に悲しい思いをしています。88歳というお年でしたし、まさに信仰の中に生きてきた先生が神に召されたわけですが、それはやはり悲しいものです。先生のご冥福を心からお祈りします。

安全が何よりも大切

2010 年 8 月 12 日 木曜日

 日航ジャンボ機墜落から今日で25年です。

 まさにそのとき、会社が夏休みで、たまたま近く(清里)にいたことを思い出します。一晩中機体を探すヘリコプターが上空を飛び回っていました。東京に戻ってきて、あの事故で仕事関連の知人が亡くなったことを知って愕然としました。ついその少し前に一緒に地方へ出張した人でした。 山﨑豊子の「沈まぬ太陽」を読んで、その知人の奥さまと思われる人が描かれており、事故の残した傷跡の大きさに改めて怒りと悲しみを覚えました。

 この間は、アメリカでの観光バスの横転事故や、スイスでの登山列車での事故など、何とか防ぎようがなかったのだろうか、と思うことが相次いでいます。

 毎日を安心して安全に暮らせるような街づくりのために、豊島区では「セーフコミュニティ」認証取得に向けて活動をしています。(区の宣伝になってしまいました)

晴れているのに大粒の雨が降った

2010 年 8 月 8 日 日曜日

 今朝6時過ぎにウォーキングに出かけたら、ぽつぽつと雨が降ってきてびっくりしました。確かにその前NHKの豊島区番気象情報から「降りはじメール」が届いていたのですが、晴れていたので、まさかと思っていたのですが。

 家を出たばかりだったのですが、あきらめて家まで戻ってきたら、止み始めたので、結局それからいつものコースを散歩してきました。日曜日ということもあって、ウォーキングやランニングをしている人たちがたくさんいました。

今日はまだそれほど暑くはなく、よいウォーキング日和でした。ウォーキングを始めて10ヶ月くらいになりますが、季節ごとに移り変わる自然の様子はとても愉しいし、気持ちが良いものです。このところ2ヶ月くらいはかなりサボっていたので、またしっかりと歩きたいと思っています。

 豊島区の最高齢の方は108歳、と前回報告しましたが、今年の1月に亡くなったそうでした。

 

豊島区の高齢者は果たしてちゃんといるのかしら

2010 年 8 月 3 日 火曜日

 足立区の113歳の男性が30年も前に亡くなっていたことで、各自治体があわてて区内の高齢者の所在確認をはじめて、杉並区でも所在がわからない高齢女性の存在が明らかになり、その後、八王子や荒川区でも次々と明らかになりました。

 果たして豊島区では、と確かめてみると、やはり本人の確認はしていないとのこと。ただ、最高齢の方は108歳で、介護保険や医療保険を使っている形跡があるので、おそらくお元気(っていうのか)でいらっしゃるだろうとのこと。私の義理の祖母も106歳まで隣の家で暮らしていました。敬老の日に区の方がお祝いなどを持ってきてくださいますが、確かに毎回必ず本人が受け取っていたわけではありません。(100歳になったときは区長が自ら来てくださったそうです。このころは祖母はまだまだ元気で、自分で受け取ったとのこと)

 高齢になると病院や施設へ入っていることもあるでしょうから、本人確認は難しい点もありましょうが、自治体としても確認する努力はすべきだと思います。